NO.11
------------------------------------------
高校を卒業すると、異常な緊張感が次第に薄れて行った。
しかし、困った事が残ってしまった。
緊張が薄れているのに普通に歩けないのだ。
何だか、歩けない脳と歩かせようとする脳が頭の中で激突するような感じだった。
それがとても辛いものであった。
しかし、自宅に帰ると不思議と、普通に歩けるのであった。
何故?そうなるか、分からなかった。
歩けない脳と歩かせようとする脳が激突している為か、
「変な歩き方をしている変わり者!」
と言われ続けた。
やがて、東京大学付属病院の精神科医に逢い、
「どうやったら歩けるか?」
と尋ねた。
私は歩けない事に悩んでいたので、色々と話した。
医師がそれを聞いて、かえって来た言葉は、
「興味深い人だな?貴方は何かの天才になれる人です!」
と告げた。
私は思わず、キョトンとして、
「何で?俺が天才なんだ?」
と不思議でいた。
------------------------------------------
私が高校在学中、異常な緊張感で苦しみられたが不思議と自宅では緊張感が無かった。
だから、両親は私が精神病にかかっていた事に気が付かなかった。
何故か、精神的に悩み始めてから、夜は目がさえて、昼間は眠気がさしてウトウトと寝ていた。
高校の授業中に寝ていると、クラスメートからは、
勉強ばかりしているんだろう?
と誤解されていた。
大学でも同じ事をしていたが同じ1クラスの学生からは何も言われなかった。
とにかく、昼間は眠い。
授業や講義を聴いているどころではない。
でも、眠いと言っても緊張感が在りながらの眠気だ。
これは非常に辛い物がある。
自宅に帰って勉強部屋にいても緊張感がないので好きな勉強が続けられた。
何で、自宅を出た瞬間に異常な緊張感にさらされるのか、分からない。
緊張感が強かったのは高校時代だが、大学へ入ると緊張感が次第に薄れていった。
3流の衣が脱ぎ捨てられたからだ。
しかし、私は2流では満足しなかった。
一流大学を超えるような何かが欲しかった。
それを諦めずに追い求めていた。
------------------------------------------
東海大学の受験日の頃だった。
私はこの日は風邪で微熱ぎみだった。
しかし、これが幸いした。
私は席が前の方だと、緊張感で手を動かすのが大変になるところだったが、幸いにも席が後ろから2番目だった。
後ろから人が見られているようで、そのプレッシャーから緊張感が増してしまいがちだった。
しかし、後ろから2番目でも緊張感がある。
これを取り除いたのが風邪による咳だった。
「ゴホン!ゴホン!」
と咳込む度に緊張感をほどこしてくれていた。
お陰で、何とか、緊張しないで字が書けた。
この後、或る大学では席が一番前だったので、緊張感で字が思うように書けずに不合格となった。
------------------------------------------
私が高校へ通い始めての事だった。
満員電車の中で、或る者が私の学生服に付いている校章を見て、
「あれはバカだ!」
と言っていた。
すると、その日から異常な緊張感が襲って来た。
歩くにも異常な緊張感の為、歩行困難だった。
何しろ、電車の中でベロが緊張感の為に疲れる程だった。
この緊張感は緊張が遥かに行き過ぎた物で、とても耐えるのも耐え難い物があった。
当時は精神病はきちがいがなる物と誤解していたので、病意識はなかった。
後に、精神病の中で統合失調症と知った。
この病名の前は精神分裂病と呼んでいたが、誤解と偏見があると言う事で病名を変えたのです。
精神病にかかる人は頭が良い人が多く、世界中に出現した天才の多くがこの病で悩む人が多い。
頭の悪い人は精神病にかからないのです。
天才は才能があるから、精神病にかかり、自分の頭で悩むのです。
落ちこぼれ高校から大学に行ける可能性は低く、精神病と戦いながら大学に現役で合格するのは本当に大変だった。
NO.10
------------------------------------------
大学1年の頃だった。
電気回路の試験があった。
私はその問題を見て、
「あれ?人をバカにしているな?
こんなの誰でも100点が取れるではないか?」
と思い、答案に計算しながら回答に答えていった。
或る日、電気回路の講義を受けていたら、先生が
「電気回路の試験の結果だが40%が0点だった!」
と言っていた。
「あんなバカでもできる問題が?」
と、私は驚嘆した。
電気回路は数学ができれば、誰でも簡単にできる代物だった。
大学2年の電気回路は私が不利な成績になっても構わないから人に回答をコピーさせていた。
2クラスの学生が電気回路の回答がいつも1クラスから来る!
と言っていたので、コピーのコピーのコピーを見ると、私が書いた物だった。
私はいつも1つの回答だけでなく、別の回答方法もついでに書いておいた。
大学を卒業してから、大久保君に逢うと、
「小林の電気回路は凄かったな?」
と、独り言を言っていた。
電磁気工学も数学ができれば、誰でも100点が取れる代物だった。
残念な事に途中で計算間違いして、4番になってしまった。
------------------------------------------
私が26歳の頃だった・
私は悩み事があると荒川の土手に座って考え事をするのが常だった。
私は人生に対して悲観的だった。
「俺はこれでお終いか?」
と、悩み苦しんでいた。
そして、暫くすると頭の中に音楽のリズムが鳴り始めた。
まだ、作詞が加えてなかったので音楽のリズムが完璧でなかった。
「これは売れるかも?ヒットするかも?」
と思い、家に帰り作詞に乗り出した。
自分の思いを詩にたくそうとした。
『俺たちの夢は人並みに、人並みにあるものよ。
だけど、俺たちは人にさいなまれ生きて行くんだよ。俺たちは。
・・・・・・・・』
「遂に作詞ができた。この作詞にあわせてリズムをあわせるだけだ!」
と思い、いろいろ考え音楽のリズムが完成した。
基本的な音楽のリズムが完成しているから、後はどのような作詞でもリズムをあわせられるはずだと思った。
後になって、この音楽の曲名を「天才の叫び!」と付けた。
------------------------------------------
日本は欧米にだいぶ送れて先進国になった。
先進国になってから、まだ年月が短いのだがその国に生まれている事は実は世界的に成功できるチャンスを迎えたと言う事だ。
音楽でも、誰も考えないような曲を考え出せば、成功する。
日本はコンピュータ・ゲームが世界一位だから日本で、誰も考え出せないようなコンピュータ・ゲームを考えれば世界中に売れる。
アニメも日本は世界一位だから、誰も考えないようなアニメを考え出せば、大成功をつかめる。
科学も医学も発達しているから、誰も考え出せない事を考えれば、その恩恵は凄い物になる。
わざわざ、アメリカに行かなくても、既に日本は経済大国だから、その国に生まれて利用しない手はない。
それを実現するには常に考える事だ。
その習慣を身に付ければ、幾つになっても考えるようになる。
そのようになれば、生涯のうちに誰も考えない事に遭遇するチャンスが来るかも知れない。
考え出すと言う事は勉強ができるのとは違う。
あくまでも知識は武器でしかない。
一流大学出に多いのだが覚えた事、即ち、知識を並べているだけではダメなのだ。
知識を生かして考え出す。
その能力が必要なのだ。
高学歴を取る為に勉強して、それで終わる人は生涯に渡って成功する事はないのだ。
結局、努力している格下の大学出や高卒に負けるのだ。
先進国に生まれている事は実は誰でも成功できるチャンスなのだ。
大学1年の頃だった。
電気回路の試験があった。
私はその問題を見て、
「あれ?人をバカにしているな?
こんなの誰でも100点が取れるではないか?」
と思い、答案に計算しながら回答に答えていった。
或る日、電気回路の講義を受けていたら、先生が
「電気回路の試験の結果だが40%が0点だった!」
と言っていた。
「あんなバカでもできる問題が?」
と、私は驚嘆した。
電気回路は数学ができれば、誰でも簡単にできる代物だった。
大学2年の電気回路は私が不利な成績になっても構わないから人に回答をコピーさせていた。
2クラスの学生が電気回路の回答がいつも1クラスから来る!
と言っていたので、コピーのコピーのコピーを見ると、私が書いた物だった。
私はいつも1つの回答だけでなく、別の回答方法もついでに書いておいた。
大学を卒業してから、大久保君に逢うと、
「小林の電気回路は凄かったな?」
と、独り言を言っていた。
電磁気工学も数学ができれば、誰でも100点が取れる代物だった。
残念な事に途中で計算間違いして、4番になってしまった。
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私が26歳の頃だった・
私は悩み事があると荒川の土手に座って考え事をするのが常だった。
私は人生に対して悲観的だった。
「俺はこれでお終いか?」
と、悩み苦しんでいた。
そして、暫くすると頭の中に音楽のリズムが鳴り始めた。
まだ、作詞が加えてなかったので音楽のリズムが完璧でなかった。
「これは売れるかも?ヒットするかも?」
と思い、家に帰り作詞に乗り出した。
自分の思いを詩にたくそうとした。
『俺たちの夢は人並みに、人並みにあるものよ。
だけど、俺たちは人にさいなまれ生きて行くんだよ。俺たちは。
・・・・・・・・』
「遂に作詞ができた。この作詞にあわせてリズムをあわせるだけだ!」
と思い、いろいろ考え音楽のリズムが完成した。
基本的な音楽のリズムが完成しているから、後はどのような作詞でもリズムをあわせられるはずだと思った。
後になって、この音楽の曲名を「天才の叫び!」と付けた。
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日本は欧米にだいぶ送れて先進国になった。
先進国になってから、まだ年月が短いのだがその国に生まれている事は実は世界的に成功できるチャンスを迎えたと言う事だ。
音楽でも、誰も考えないような曲を考え出せば、成功する。
日本はコンピュータ・ゲームが世界一位だから日本で、誰も考え出せないようなコンピュータ・ゲームを考えれば世界中に売れる。
アニメも日本は世界一位だから、誰も考えないようなアニメを考え出せば、大成功をつかめる。
科学も医学も発達しているから、誰も考え出せない事を考えれば、その恩恵は凄い物になる。
わざわざ、アメリカに行かなくても、既に日本は経済大国だから、その国に生まれて利用しない手はない。
それを実現するには常に考える事だ。
その習慣を身に付ければ、幾つになっても考えるようになる。
そのようになれば、生涯のうちに誰も考えない事に遭遇するチャンスが来るかも知れない。
考え出すと言う事は勉強ができるのとは違う。
あくまでも知識は武器でしかない。
一流大学出に多いのだが覚えた事、即ち、知識を並べているだけではダメなのだ。
知識を生かして考え出す。
その能力が必要なのだ。
高学歴を取る為に勉強して、それで終わる人は生涯に渡って成功する事はないのだ。
結局、努力している格下の大学出や高卒に負けるのだ。
先進国に生まれている事は実は誰でも成功できるチャンスなのだ。
NO.9
------------------------------------------
テレビで、コピー人間を作ろうとしたアメリカ人が放送されていた。
倫理的に問題があるが何しろ関心したのは、
とんどもない事を考え出すな?
と言う事だった。
アメリカ人はそれを良くやる。
日本人では中々、そう言う人物が現れない。
さすがアメリカだ!
と思った。
知識はあくまでも武器であり、それを用いて考え出す。
日本人は知識を単純に並べているだけの人間ばかりだ。
日本で一流大学を多く出ているが成功している者は非常に少ないのが現状だ。
日本社会で活躍している中には一流大学よりも格下の大学や高卒で成功しているのが良く見受けられる。
女優になるにしても、どう演技しなければいけないか、考える必要がある。
漫才になるにしても、どうお笑いのネタを出すか、考える必要がある。
芸術家になるにしても、どう芸術的な絵を書けば良いか、考える必要がる。
科学、医学においても、独創的な物を生み出すか、考える必要がある。
作家にしても、どう物語を作るか、考える必要がある。
政治家にしても、どう政治をしたら良いか、考える必要がある。
等。
知識はあくまでも武器であり、一流大学の学歴は単に通過点しかない。
私は日本に、
誰も考え出せない事を考え出せば、その人は成功するんだ!
と、今の若者に希望を抱いて欲しい。
一流大学へ行けなくて、あきらめている若者に希望を与えたいのだ。
私も誰も考えない事を考えよう!
と言う風潮が若者に根付けば、この日本に独創的な物が生まれやすくなる。
大学教育で、考える力を育てる。
若い頭脳なら、まだ切り替えができる。
今の日本の未来は若者の頭脳にかかっている。
私の世代は、
何でも良いから覚えろ!
と言う教育で一流大学へ行った。
その者の頭の切り替えをしようとしても手遅れだ。
現在、東京大学へ通う学生でも、まだ頭の切り替えができるから、考え方次第で成功者の道をこれから歩めるはずだ。
私の世代以上では頭の切り替えは無理だから、今の若者なら頭脳の切り替えができるから、どの人も成功するチャンスがあるのだ。
誰でも考えない事を考え出す。
これだ。この能力は勉強ができるのとは別だ。
テレビで、コピー人間を作ろうとしたアメリカ人が放送されていた。
倫理的に問題があるが何しろ関心したのは、
とんどもない事を考え出すな?
と言う事だった。
アメリカ人はそれを良くやる。
日本人では中々、そう言う人物が現れない。
さすがアメリカだ!
と思った。
知識はあくまでも武器であり、それを用いて考え出す。
日本人は知識を単純に並べているだけの人間ばかりだ。
日本で一流大学を多く出ているが成功している者は非常に少ないのが現状だ。
日本社会で活躍している中には一流大学よりも格下の大学や高卒で成功しているのが良く見受けられる。
女優になるにしても、どう演技しなければいけないか、考える必要がある。
漫才になるにしても、どうお笑いのネタを出すか、考える必要がある。
芸術家になるにしても、どう芸術的な絵を書けば良いか、考える必要がる。
科学、医学においても、独創的な物を生み出すか、考える必要がある。
作家にしても、どう物語を作るか、考える必要がある。
政治家にしても、どう政治をしたら良いか、考える必要がある。
等。
知識はあくまでも武器であり、一流大学の学歴は単に通過点しかない。
私は日本に、
誰も考え出せない事を考え出せば、その人は成功するんだ!
と、今の若者に希望を抱いて欲しい。
一流大学へ行けなくて、あきらめている若者に希望を与えたいのだ。
私も誰も考えない事を考えよう!
と言う風潮が若者に根付けば、この日本に独創的な物が生まれやすくなる。
大学教育で、考える力を育てる。
若い頭脳なら、まだ切り替えができる。
今の日本の未来は若者の頭脳にかかっている。
私の世代は、
何でも良いから覚えろ!
と言う教育で一流大学へ行った。
その者の頭の切り替えをしようとしても手遅れだ。
現在、東京大学へ通う学生でも、まだ頭の切り替えができるから、考え方次第で成功者の道をこれから歩めるはずだ。
私の世代以上では頭の切り替えは無理だから、今の若者なら頭脳の切り替えができるから、どの人も成功するチャンスがあるのだ。
誰でも考えない事を考え出す。
これだ。この能力は勉強ができるのとは別だ。
NO.8
------------------------------------------
父親の血縁関係で、いとこを見ると難関の大学出が多い。
私と血縁関係はないが元、はとバス社長で早稲田大学をでている。
その娘は慶応大学をでていて、丸紅へ勤めている東京大学を卒業している男性と結婚している。
私と血縁関係のある女性で、沖縄博覧会を記念して単独でヨットで太平洋を横断した人がいる。
その人は津田塾大学を卒業していている。
当時、女性でヨットで、単独で横断した事は世界で初めてとなり、マスコミをにぎわした。
------------------------------------------
私の母親の血縁関係に、あの日本画家で有名な伊藤しんすいの弟子がいるそうです。
母から見れば、叔父さんだそうです。
母は79際です。
その叔父さんとは逢った事がないが、生きていたら、かなりの高齢です。
------------------------------------------
小学校5年の頃だった。
父親が私と弟に勉強を教えていた。
ところが或る算数で考えさせる場面になると、父親は45歳でありながら、
「頭が痛くなる!」
と、常に口をもらしていた。
「何で考える場面になると、頭が痛くなるんだ?」
と不思議でいた。
父親は覚えさせる場面は得意で教えるが、考えさせる場面だと頭がいつも痛くなっていた。
この様子が私は、
「何で?一流大学出でこうなるの?」
と不思議でならなかった。
父親はいつも結論を出すのが早く、すぐに話し出す。
これを聞いている私はその話しに疑問の余地があると思えて、
「何で?」
と思うのだが、それを言うと訳の分からん事を100倍になって怒って話し始めるのが常だった。
父親の話しには疑問の余地を残さない事ができず、完璧な説明がなされてなかった。
要するに考えていないのだ。
しかし、本人は何故か?考えているつもりでいた。
覚えていた事を単純に並べて話しているだけで、自分の考えが入っていなかった。
------------------------------------------
中学校へ行く数日前の事だった.
父親が
「こっちの方が部屋が広いから、こっちへ行け!」
と言う事で、弟と2人でいた勉強部屋から移った。
移った部屋と言うのは両親と私が寝る部屋で、音を出したら別の部屋に筒抜けで雑居部屋だった。
弟はきちんとした1人部屋で、壁に囲まれ、音も聞こえてこない静かな部屋を独占する事になった。
やがて、父親は弟に中学受験の準備を始めた。
私はこの様子を知って、
父親に騙された!
と思った。
父親は私には中学受験をさせなかった。
弟には難関中学を受けさせた。
これが私には面白くなかった。
私が中学校に入ると、勉強する気がなくなっていた。
結局、本格的に勉強を開始したのは姉が結婚して、その部屋に移ってからだ。
その後、その部屋で没頭して独創的な物を生み出す事となる。
父親の血縁関係で、いとこを見ると難関の大学出が多い。
私と血縁関係はないが元、はとバス社長で早稲田大学をでている。
その娘は慶応大学をでていて、丸紅へ勤めている東京大学を卒業している男性と結婚している。
私と血縁関係のある女性で、沖縄博覧会を記念して単独でヨットで太平洋を横断した人がいる。
その人は津田塾大学を卒業していている。
当時、女性でヨットで、単独で横断した事は世界で初めてとなり、マスコミをにぎわした。
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私の母親の血縁関係に、あの日本画家で有名な伊藤しんすいの弟子がいるそうです。
母から見れば、叔父さんだそうです。
母は79際です。
その叔父さんとは逢った事がないが、生きていたら、かなりの高齢です。
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小学校5年の頃だった。
父親が私と弟に勉強を教えていた。
ところが或る算数で考えさせる場面になると、父親は45歳でありながら、
「頭が痛くなる!」
と、常に口をもらしていた。
「何で考える場面になると、頭が痛くなるんだ?」
と不思議でいた。
父親は覚えさせる場面は得意で教えるが、考えさせる場面だと頭がいつも痛くなっていた。
この様子が私は、
「何で?一流大学出でこうなるの?」
と不思議でならなかった。
父親はいつも結論を出すのが早く、すぐに話し出す。
これを聞いている私はその話しに疑問の余地があると思えて、
「何で?」
と思うのだが、それを言うと訳の分からん事を100倍になって怒って話し始めるのが常だった。
父親の話しには疑問の余地を残さない事ができず、完璧な説明がなされてなかった。
要するに考えていないのだ。
しかし、本人は何故か?考えているつもりでいた。
覚えていた事を単純に並べて話しているだけで、自分の考えが入っていなかった。
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中学校へ行く数日前の事だった.
父親が
「こっちの方が部屋が広いから、こっちへ行け!」
と言う事で、弟と2人でいた勉強部屋から移った。
移った部屋と言うのは両親と私が寝る部屋で、音を出したら別の部屋に筒抜けで雑居部屋だった。
弟はきちんとした1人部屋で、壁に囲まれ、音も聞こえてこない静かな部屋を独占する事になった。
やがて、父親は弟に中学受験の準備を始めた。
私はこの様子を知って、
父親に騙された!
と思った。
父親は私には中学受験をさせなかった。
弟には難関中学を受けさせた。
これが私には面白くなかった。
私が中学校に入ると、勉強する気がなくなっていた。
結局、本格的に勉強を開始したのは姉が結婚して、その部屋に移ってからだ。
その後、その部屋で没頭して独創的な物を生み出す事となる。
NO.7
------------------------------------------
2007年3月に中国へ行った。
ドコモの携帯電話は電話もできなければ、メールもできなくて、ただのゲームしかできない玩具になっていた。
ソフトバンクの携帯電話はドコモよりも1ヶ月に払う料金が遥かに安く、海外で使える物が多い。
もし、ソフトバンクがシェアー1位になれば、十分に外国でも勝てるはすだ。
それはドコモでは無理だ。
------------------------------------------
私は大抵の事はマスターできるのだが、言語関係だけはどうにもならなかった。
大学時代は英語の為に単位を落として、
留年しないか?
と心配する程だった。
本を読んでも読めない漢字が方々あって、読めない漢字がある場所は想像して読んでいた。
小学校時代の漢字の読み書きのテストは酷いもので、どう頑張っても覚えられなかった。
高校の国語と古典は年中、赤点をもらっていた。
英語は努力して、5段階で4や5をとるが、2ヶ月も経過すれば、1つも英語の単語を覚えていなかった。
たしか、あのアインシュタインも言語能力に問題があったと聞いた事がある。
私も言語能力がダメなのだが偶然だろうか?
------------------------------------------
高校3年の3学期の頃だった。
私は技術者になりたいと、大学へ行きたくなった。
そこで、御茶ノ水の本屋へ学生服のまま行った。
本屋で参考書を見ていたら、私の学生服の校章を見て、何処の高校か分かると、
「あれはバカだ!」
と言っていた。
「誰でも勉強しなければ、バカ高校へ行くわい!」
と私は思った。
私は取りあえず、数学の参考書を取り出して眺めていた。
どれもこれも、公式を覚えて頓知問題ばかりだった。
或る数学の参考書に目をやった。
「矢野健太郎?聞いた事があるな?」
と思い、その数学の参考書を開いて眺めた。
「これは面白い事が書いてある!」
と、私は暫く、その矢野健太郎の数学の参考書を見入っていた。
私は迷わず、その参考書を購入した。
その日から、1日、3時間以上、矢野健太郎の数学の勉強を始めた。
公式の証明の方法などを中心に勉強していた。
或る日、気が付いた。
「こんな事をしていたら、大学に合格できない、公式を覚えて数々の頓知問題をやった方が近道だな?公式なんか、見れば良い!問題は公式が何故、そう成り立つか?それが問題だろう?」
と感じ始めていた。
私は迷った。
「今、やっている勉強は大学受験とはかけ離れている。」
と。
私は暫く考え込んだ。
「いいや、俺は面白い事をやりたい!大学受験で不利でもいい!」
私はそう決めて、私なりの勉強方法を選んだ。
この行為がやがて、6年数ヵ月後には、
負=正、即ち、5=−4
で、連立一次方程式を解く方法を考える事となり、
ノーベル物理学賞に値する、光の屈折の公式、
Θ=2ΘーΘ
を理論的に導き出し発見してしまう事となる。
------------------------------------------
一流大学の人は子供の頃に落ちこぼれの経験がない。
だから、勉強しなくなると、誰でも落ちこぼれになる事を知らない。
大学を出ると、ろくに勉強をしないで、映画、スポーツ、時代劇、ドラマなどばかり見ている人はそのうちに人生で落ちこぼれている事に気づかない。
本人は、
一流大学を出ているから、俺は頭がいい!
と思って、錯覚している。
そのうちに、努力している格下の大学出や高卒の人に負けてしまう。
しかし、それでも一流大学出は業績をあげても
あんな大学じゃ、たいした事ない!
と、言ってしまう。
彼らは人物よりも何処の大学出かで、その人の能力を判断してしまう。
私は学歴よりも人物を見る。
人物を見て、この人は何々に向いている、と判断する。
一流大学と言っても人物が悪ければ、こいつはダメだ、と判断する。
アメリカでは医者を希望する者は一年間、人物調査する。
人物に問題がなければ、医学部への受験許可がおりる。
日本ではお金の事ばかり考えて、医学部へ行く者が多い。
こんな者が医者になったら、患者は殺される。
日本もアメリカを見習い、医学部を受けたい者に対して、人物調査が必要ではないか?
アメリカでは人物が良ければ、それだけで大学にも行けるのだ。
2007年3月に中国へ行った。
ドコモの携帯電話は電話もできなければ、メールもできなくて、ただのゲームしかできない玩具になっていた。
ソフトバンクの携帯電話はドコモよりも1ヶ月に払う料金が遥かに安く、海外で使える物が多い。
もし、ソフトバンクがシェアー1位になれば、十分に外国でも勝てるはすだ。
それはドコモでは無理だ。
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私は大抵の事はマスターできるのだが、言語関係だけはどうにもならなかった。
大学時代は英語の為に単位を落として、
留年しないか?
と心配する程だった。
本を読んでも読めない漢字が方々あって、読めない漢字がある場所は想像して読んでいた。
小学校時代の漢字の読み書きのテストは酷いもので、どう頑張っても覚えられなかった。
高校の国語と古典は年中、赤点をもらっていた。
英語は努力して、5段階で4や5をとるが、2ヶ月も経過すれば、1つも英語の単語を覚えていなかった。
たしか、あのアインシュタインも言語能力に問題があったと聞いた事がある。
私も言語能力がダメなのだが偶然だろうか?
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高校3年の3学期の頃だった。
私は技術者になりたいと、大学へ行きたくなった。
そこで、御茶ノ水の本屋へ学生服のまま行った。
本屋で参考書を見ていたら、私の学生服の校章を見て、何処の高校か分かると、
「あれはバカだ!」
と言っていた。
「誰でも勉強しなければ、バカ高校へ行くわい!」
と私は思った。
私は取りあえず、数学の参考書を取り出して眺めていた。
どれもこれも、公式を覚えて頓知問題ばかりだった。
或る数学の参考書に目をやった。
「矢野健太郎?聞いた事があるな?」
と思い、その数学の参考書を開いて眺めた。
「これは面白い事が書いてある!」
と、私は暫く、その矢野健太郎の数学の参考書を見入っていた。
私は迷わず、その参考書を購入した。
その日から、1日、3時間以上、矢野健太郎の数学の勉強を始めた。
公式の証明の方法などを中心に勉強していた。
或る日、気が付いた。
「こんな事をしていたら、大学に合格できない、公式を覚えて数々の頓知問題をやった方が近道だな?公式なんか、見れば良い!問題は公式が何故、そう成り立つか?それが問題だろう?」
と感じ始めていた。
私は迷った。
「今、やっている勉強は大学受験とはかけ離れている。」
と。
私は暫く考え込んだ。
「いいや、俺は面白い事をやりたい!大学受験で不利でもいい!」
私はそう決めて、私なりの勉強方法を選んだ。
この行為がやがて、6年数ヵ月後には、
負=正、即ち、5=−4
で、連立一次方程式を解く方法を考える事となり、
ノーベル物理学賞に値する、光の屈折の公式、
Θ=2ΘーΘ
を理論的に導き出し発見してしまう事となる。
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一流大学の人は子供の頃に落ちこぼれの経験がない。
だから、勉強しなくなると、誰でも落ちこぼれになる事を知らない。
大学を出ると、ろくに勉強をしないで、映画、スポーツ、時代劇、ドラマなどばかり見ている人はそのうちに人生で落ちこぼれている事に気づかない。
本人は、
一流大学を出ているから、俺は頭がいい!
と思って、錯覚している。
そのうちに、努力している格下の大学出や高卒の人に負けてしまう。
しかし、それでも一流大学出は業績をあげても
あんな大学じゃ、たいした事ない!
と、言ってしまう。
彼らは人物よりも何処の大学出かで、その人の能力を判断してしまう。
私は学歴よりも人物を見る。
人物を見て、この人は何々に向いている、と判断する。
一流大学と言っても人物が悪ければ、こいつはダメだ、と判断する。
アメリカでは医者を希望する者は一年間、人物調査する。
人物に問題がなければ、医学部への受験許可がおりる。
日本ではお金の事ばかり考えて、医学部へ行く者が多い。
こんな者が医者になったら、患者は殺される。
日本もアメリカを見習い、医学部を受けたい者に対して、人物調査が必要ではないか?
アメリカでは人物が良ければ、それだけで大学にも行けるのだ。









